海を走る氷の馬

この世の楽しそうなこと全て体験しないと気が済まない

三十にて孕まず

いよいよ三十歳になった。

早生まれってことを羨ましがられるけど、二十代最後のカラータイマーが点滅し続けた一年よりは、三十代の最若手になったことで少し落ち着いた気分がします。とはいえ私の二十代後半は「なんとか結婚したい」という一心で、全員に配られる唯一の共通カードこと「若さ」が手札にあるうちになんとかゲームを終えたい、ということばかり本気で思っていた。なんかこう報われない恋愛経験しかないせいか、どうしても自然に生きている中で出会った人と意気投合して結婚、というイメージが湧かず、色気のかけらもないので結婚相談所とか使って結婚するんだろうなと昔から思っていたこともあり、「~29歳」のプルダウンに所属しているうちが鍵だと思っていました。「若さ」のカードは婚活フィールドにおいてプレイヤーが女性の場合強制的に全ステータスを上げる能力があります。

 

世の中には天然物の恋愛じゃないと信じない人たちがいるけど、私はただ恋を飛ばして愛に行きたいだけなのにってずっと思ってた。天然物がなんぼのもんじゃい私はジビエよりも畜産肉が好きなんじゃ。この辺の話で5万字書けてしまうが、とにかく「恋は信じてないけど結婚してその先に愛があることは信じている」という家族信仰の強い人間になってしまった。

 

私はどうも恋人や友達のことを「一過性の現象」でしかないと思うことで自分を守っている節があるんですね。LINEの無料スタンプと一緒、ダウンロードした時は楽しいけどそのうち期限が切れてしまう。これは本来は1対1の関係が好きで狭く深い交友関係を持つタイプだったのに、中高大とそれぞれの時期で親友だと思っていた相手に無下に切り捨てられる経験が重なって友達が一人もいなくなってしまったせいだと思ってるんだけど、「他人って自分が思うほど自分のことを思ってくれないんだな」という絶望の中で手元に残ったものが、私の場合「家族」だったんですね。これが音楽とかだったらかっこいいのにと思うけど、変わらずそばにあるのって家族しかいなかった。未だに一番仲良しの人はお母さんだし、結局お姉ちゃんに頼ってしまう。なんでもお父さんに訊いてしまう。

それでも友情や愛を諦めたわけではなく、誰かと一緒にいることは好きなので、リスクを分散させれば私も人並みにやっていけるなって分かったのはそう昔のことではない。誰にも誘われないから自分から誘っちゃうし、待ってても言われないから自分から好きって言う、私と二人きりで遊んでつまんなかったら嫌だから、みーんな呼んで楽しいパーティーにしよう。そういうタイプの終わらない歌を歌いたいわけです。そうやってどうにか「友達」という理想とは折り合いをつけてきたけど、肝心の私の「家族」は不滅のものじゃない。お父さんとお母さんとお姉ちゃんが100年生きてくれるんなら結婚なんてしなくて良いけど、私は私で、自分の新しい「家族」が必要だった。家族と仲が良くて、「こんな家に生まれなければよかった」なんてついぞ思ったこともなく、結婚したら子供を作るもんだと当たり前に思っている人。それを「普通」だと思える、そういう普通の人。

そんな理想通りの人と結婚して1年半ちょっと経った。おじいさんは早起きしてドラゴンボールファイターズ(PS4)のコンボ練習を、おばあさんは夜更かししてシルバニアファミリーの食玩に彩色を。そういう小学4年生同士の家庭で愉快にやっております。

 

さてタイトルは四十にして惑わずをもじったつもりなんですが、先日私は不妊症ということが判明しました。吾三十而不妊。こんなに子供欲しがってるのに!?簡潔に言うと自然妊娠する可能性は非常に低く、手術か体外受精をする必要があります。しかも早急に。

結果を聞いた日は吐き出すようにTwitterに書き込んでしまったけど、即レスくれた友人達には頭が上がらない。触れにくい話題を急に投下したのにいいねやリプライの反応をしてくれたのはとても癒されました。

ショックは受けたけど、理由がわかったのは気持ち的にかなりスッキリした。霧の中をうわ~ってなりながら手探りで歩いていたところに、「そっちの道は行き止まりだよ!」と教えてもらったような気分。もちろん今分かっている原因だけを解決すれば妊娠できるかというと当然そうではないけれど、少なくとも打つ手立てはあるということは、毎月生理が訪れるたびにまた今月もダメだったと暗い気持ちになっていた自分を奮い立たせるには充分でした。よかった2018年に生きてて。これが江戸時代だったら原因もわからず離縁され路頭に迷いながら閉経していたことでしょう。

 

それでもやっぱり最初の何日かは落ち込んでこのことばかり考えていた。

ある日の夕暮れ、家に向かって歩いていると、前方のマンションから小さい男の子が飛び出してきて「おーい!おかあさん、ここだよー!おかあさーん!ここだよー!」と大きな声で叫びながら私に向かって手を振っていた。ただいま~と小走りで私の横を通り過ぎて行ったお母さんの背中を見送りながら、どうしても涙が止まらなかった。おーい、どこにいるんだよー。

なぜかは分からないけど、この時私は「夫との子供が欲しい」とはっきり思いました。子供をもつことにずっと憧れてはいたけど、ただ私の子供というだけじゃなくて、夫と私の子供に会いたい。ゲームのコントローラーを握ると凶暴な性格になるところ以外は夫に似たらいいなと思う。

 

怖いし、不安だし、8時間おきに点鼻薬吸って毎日自分で注射打たなきゃいけないし、結果がどうなっても私の人生はハッピーで面白いものになる自信はあるけど、今踏み入れようとしている道は先が見えなくて怖い。でも間違ってるとは思わない。書くべきことじゃないのかなとも思ったけど、不妊の話をする用のアカウントを作るのも嫌だった。「不妊症の私」しかアイデンティを持たないアカウントを持つのは今の私には危険だと感じた。不妊コミュニティって「給食食べ終わった人から校庭で遊んでいいよ」の教室みたいなもんで、付き合い方は慎重にならざるを得ないなと思います。ブログにしか書かない、って決めちゃえば脳から直結してTwitterに書くのも抑えられるだろうし。あと壁に向かって話すのつらいじゃん……読んでくれる人がいるならそれに越したことないから……。

 

数ある人生の分岐の中で、あの時通らなかった道を選んでいたらどんな人生だったかなんて誰にも分からない。子供ができなかったらいつでもダイビングできるし、夫婦二人だけのためにお金も使えて選択肢も増えるかもね。そうなったら結婚前に「ジカ熱(感染後の妊娠と小頭症に関連性がありそうだった)が流行ってるから」という理由で急遽取りやめたボリビアにも行く。でも今はタイムリミットが迫っている目の前の妊活に取り組む。私の人生が楽しくないはずがないと信じている。

 

この不妊の話をお母さんに報告した日はたまたまバイキングを食べに行っていて、膨れあがったお腹を指して「妊娠6ヶ月ー!」とか言ったらお母さんが微妙な顔をした。え、あれ、私もう妊娠ギャグとか言っちゃダメな感じなのか?いや、もう限界値を超えて太ってるのに開き直っていたので真面目にダイエットをして健康になるべきなのは分かってるんだけど……。不妊うんぬんよりダイエットの方が実はよっぽど気が重いよ。下手の有酸素運動休むに似たり。

 

 

さぁ私はお母さんになれるのかダイビング三昧になるのか、はたまた赤ちゃんのお人形をベビーカーに乗せて日夜公園を練り歩くかはまさに神のみぞ知る事ですが、今はスピらずがんばるぞ!という気持ちです。困難にぶち当たった時「全ては必然だった」とか思い始めるのは人の常。命の誕生というただでさえスピりやすいトピックを上手に乗り切りたいぜ。詳しいことを一通り書いて、いくらなんでも長いわ!と検査や治療の話はバッサリ切ったので、それはまた別記事に書きたいと思います。まぁ今後こういうことを書くことが増えていきます、というお知らせでした。